〜 若葉福祉大学付属視覚特別支援学校 〜
春の日差しを受け、流れていく風はもう春のものと言っていいだろうか。2時間半ほど北へ行った地では、海風が吹き込むせいもあり、まだまだマフラーなしで歩くには辛い。
見よう見まねでの兄の手引きはぎこちなく、足取りはゆったりしている。それでも手袋もマフラーも必要なく、東京でも自然が残るここの空気は地元のそれと少し似ていると思った。
ここは神奈川との県境にほど近いとある町、若葉町。
その中にある全国でも名前の知れた二つの私立学校のうちの一つがここ、若葉福祉大学付属視覚特別支援学校である。。
すでに世間は春休みの頭。ここも例にもれず在校生の姿は確認できないが、代わりに様々な征服姿、あるいはスーツ姿の人が肛門を潜っている。
本日は新入生オリエンテーションの日であり、受験戦争を勝ち上がった来年度の新入生が集まっているのである。
その中に一人、2年生としてこの学校で学びはじめる少女がいた。
小鷹愛(こだか まな)。先天性の眼病が悪化し、昨年度の半分以上を病院と自宅の往復とで過ごした。
親のちょっとした知り合いの紹介でこの学校を見学に来たのは、わずか2週間ほど前。一目見てこの学校への転入を決めたのだった。
もちろん、不安は多い。寮があるとはいえいきなり知らない土地に一人。しかもいつなくなるかわからない視力…。両親(特に母親)のように肝が据わっていなければ、悲観して引きこもりになってもおかしくないところである。
でも、高校生時代は2度と来ないのだ。ここでグダグダしていたら、青春なんて終ってしまう…。
と、割り切ってしまったといえば半分嘘だが、「ここだ」と思った直観を信じることにした。
新入生たちはさすがにまだお互い知り合ってもいないし、よく「受験で一緒だったよね〜」という会話が起こるそれも、お互い視力が悪ければ相手が偶然横を通り、かつ声で判断するか顔を凝視できる状況にでもない限り成立しない。
そのため受付で並ぶ列は非常に静である。
「えぇと、小鷹愛です…。」
緊張のあまり声が上ずる。受付で資料らしきものを手渡され、案内約の教師に取り次がれる。
「こんにちは。お元気でしたか?」
その声で先日学校を案内してくれた人だとわかる。確か…、美術科の阿部先生だ。
お約束のごあいさつの口状を述べる兄と先生。それを聞き終えて、案内に従って2階に上がる。
「小鷹さんのクラスは4人になるんですね。普通科は人数が少ないけど、連帯感あっていいですよ。学校一賑やかな科かもしれないですね」
「4人ですか? 定員は16って聞いてますが」
「地方とあまりやってることが変わらないですしね。本当は中学もあるんですけど、この2,3年は入学者がいなくって…。他の科はあふれちゃうケースも多いんですけどね」
先生も普通科教師だけに、人がいないのは少々複雑な気分らしかった。
入学する生徒は総勢48人。うち普通科は愛を含めてもわずか3人だと言う。
少子化の波は特殊支援学校にも及んでいるのだろうか。
そんな話をしているうちに校舎の突き当りに出る。オリエンテーションは購買部の食堂で行われるため、ここからは向かって左か…。
その購買部のほうからこちらに向かってくる声がした。なんだかよくわからない単語をつかって会話している。
先生はその二人を呼び止めた。
「まりちゃん、美奈子ちゃん、すごい荷物ねぇ。それ持って帰るの?」
「あぁ、臨床室の備品補充ですよ。業者さん、上に一緒に納入しちゃったらしくて、受け取りに来たとこです」
「御苦労さま」
忙しいのかダンボールと袋を抱えている女生徒たちは階段を駆け下りて行った。
「リボンには種類があるんですか? この前も青だの緑だの見かけましたが…。」
兄の博人が訪ねた。
「科によって違うんですよ。彼女たちは理療科専攻科ですね。今日が臨床室大掃除なのかな。ギリギリまで患者さん受け入れてるので帰らないで治療室に通う生徒も多いんですよ」
「へぇ〜〜。」
それで意味不明な単語が並んでいたのかと納得半分、ギリギリまで真面目に実習に参加している二人に感心半分。
彼女がオリエンテーションを受けている間、某所で転校生を逃がしたかも、などと会話がなされ、新年度からの講師と理事長ががしり握手を交わしていたそれは、一種の運命の歯車がかみ合った何度目かの瞬間の一つなのかもしれない。
春の足音と共に、つぼみは確実にふくらんでいるた。いつか大輪の花となるための、それは彼らのスタートラインであった。
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