全ての始まりは、新聞の片隅にかろうじて乗る程度のほんの小さな単独物損事故。
しかしそれは、一人の人間の生き方、考え方を全て換えてしまうものだった…。
 「網膜剥離ですね」
 そう告げた医者はかろうじて冷静を装っていたものの、申し訳なさと悲しさとが伝わって来る。
 …これから自分はどうしろというのだろう。
妻と幼い息子を抱え、父亡き後引き継いだ大学の運営と…。働き盛りの45歳。ここで泣き寝入りする暇などありやしない。
そう。…ありやしない…。

*   *   *   *   *   *


 神奈川との県境にほど近い東京都のとある町、若葉町。公害に残る里山が四季折々の姿を見せてくれるのどかな都会の田舎町。
ここには全国でも名の知れた二つの学校があった…。
 私立若葉福祉大学。その名の通り社会福祉に貢献したいという熱意を持った若者たちの学びやであり、25年という浅い歴史ながらレベルの高い教育は多くの学生のあこがれである。
ベットタウンとして開発が進むこの町にキャンパスを映して間もなく3年になろうとしている。
 そして、町の中心部をはさんで、こちらはまだまだ自然が残る里山のふもと…。
 私立若葉福祉大学付属視覚特別支援学校。
現在の理事長が自己で視力を失い、「同じ境遇にある若い人たちにより多くの可能性を」との願いから生まれたここは、今年で創立6年目になる。
その校風は「夢見た未来を切り開く力を身につける」ことであり、そのためによりよい環境、より高い水準の教育を提供することを掲げている。
人数は少ないが明るくにぎやかな学校だ。
 これは、そんな学校に期待と不安と共にやってきた、とある生徒たちの、平凡きわまりないのに妙にドタバタな物語…。

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